違えた道は戻らない ただ進むは哀しき道 行く先は闇 それでも 彼らは歩みを止める事は出来ない たとえ 愛する者を 殺そうとも… ― 四章・終末の情景 ― ラジエイトゲートでモースのなれの果てを倒し、プラネットストームを停止させ、グランコクマにてエルドラント突入の作戦を確認した後、ケセドニアへと向かう。世界中を飛び回り、沢山の命を犠牲にし、世界を賭けたこの戦いも明日には…全てが終わるはずだった。作戦は朝という事で、最後の日となるその日は、ケセドニアでの自由行動となった。 仲間たちの誰もが明日の為に心身を休める為に宿へと向かいながら、それぞれの思いに沈む中で、ふとルークが皆から外れるように背を向ける。 「…ルーク…?」 「悪い…少し、一人になりたいんだ…。ちょっとしたら、宿に戻るよ」 「そう、わかったわ。でも、気を付けて」 心配げな彼女の様子に苦笑を返し、『何に』気を付けるのかも理解しながら、頷いた。 「…うん、わかってる。…ありがとう」 そのまま仲間たちから離れ、兵士たちが準備に追われるように忙しなく動いているのを見ながら、海辺まで歩いた。打ち寄せる波と、蒼穹の空を見つめ、ルークはそのまましばらく海風に身を任せるようにじっとしていた。 ……明日には、全てが、終わってしまう。上手くいってもいかなくても…明日には、自分はこの世界から消える。成して死ぬか、それとも…殺されるか。選択肢はただそれだけ。今日が…自分が生きる、最期の日。 「…ガイ…」 ぽそりと大切な名を呟いて、彼は自嘲気味に笑った。何度、敵と言われても、傷付けられても、この心はまるで囚われてでもいるようだ。眼前に広がる空と海の蒼さに、あの瞳を思い出さずにはいられない。 今、この蒼に沈んでしまえれば、楽になれるのだろうか…ふとそんな事を思いかけ、首を振る。楽になる事は出来ない。まだ、最期の役目が残っているのだから。心に呟いて、遠い空を見上げた。 …その時、不意に冷たい…馴染んでしまった殺気を感じ、彼はそろりと剣の柄に手をかける。凍てつくような殺気と、見なくてもわかる程に、馴染んだ気配。やろうと思えば完璧に隠せるだろうそれを、殆ど隠そうともしていないのは、恐らくルークに、わざと存在を知らせる為なのだろう。 「……ルーク」 低く甘い声が、まるでこちらを見ろとでも言うように呼びかけてきて…思わず振り返りたくなるのを、必死に堪える。剣を抜けるようにと添えた手が、震えそうになる。ぎりっと一度唇を噛み締め、自分の心を叱りつけてから、背後間近で止まった気配に向け、問いかけた。 「……何を…しにきた…」 僅かに震えてしまった声に、後ろに立つ男はくすりと笑って…あと少しあった距離を詰めると、両腕で優しく強くルークを抱きすくめた。 「…っっ?!」 「…お前を、殺しに来たよ…ルーク」 まるで、甘く愛を囁くような声で、そんな事を言う者は、ただ一人。 「……ガイ…」 ルークはもう一度唇を噛んで、目を伏せると、自分を奮い立たせる。 「…俺は、殺されてやる訳に、いかないんだ…」 「この世界の為に、か?こんな世界の為に…」 「ガイ、俺は、もう後僅かのこの命で…せめて、ちゃんと終わらせたいんだ。この世界の為ってよりは、自分の為にも…」 凍てつくような殺気が、静かに増していく。このまま抱きすくめられていたら、強引に…優しく、死を与えられてしまうだろう。後ろをとられている以上、ガイにとっては、首を折る事も絞める事も…その刀を抜き、一瞬で死を与える事も容易いだろう。 ルークはその殺気を背中で感じながら、そっと息を止め…抱きすくめられた状態から少し無理に身体を捻り、蹴りを放つ。それは簡単にかわされてしまったが、一応牽制にはなったらしい。距離をとった男は余裕の表情だったが、抱きすくめられたままの死は、何とか避けられたようだった。 「…ルーク、大人しくしていろ。俺はお前に、無駄な傷を負わせたくはない」 「んで、俺に大人しく殺されろって?冗談じゃねぇ…。お前こそ、さっさと帰りやがれ!…ここは、お前の『敵』の真っ只中だろ…。どうせ明日には、イヤでも戦う事になるんだ…今は、退いてくれ、ガイ」 「殺される訳にもいかず、俺と戦う決意もない、か?そんな事なら、今でも明日でも同じだ。諦めろ、お前は俺の手で殺されるんだ」 静かにそう言い放ち、彼はゆっくりと蒼い宝刀を抜くと、その切っ先を未だ迷うルークに見せ付けるように向ける。 「愛してるよ、ルーク…。俺が…お前をこの手で、楽にしてやる」 「……ガ、イ……」 「世界にも…誰にも、やらない……お前は俺が…!」 正気と狂気の狭間で揺れる瞳で、ガイは冷たい笑みを浮かべると、一気に間合いを詰めて斬りかかってくる。眼前に迫った蒼い刃をとっさに右腕で受け止め、切断されなかった幸運にどこかでホッとしながら、刃を握りこむ。 「ルーク、まずは手首や腕を斬り落とされたいのか?」 ガイの声は変わらず冷静だった。しかし…間近で見つめたその瞳は、飛び散った紅に僅か、正気になったように見えた。 「……剣を抜け。俺と戦え。甘さを捨てろ…でなければ、誰を止める事も出来ずに死ぬ」 「…そんな、の…」 「俺は、お前を殺す。躊躇いなく、な。だから、お前も迷うな…躊躇うな。本気で、俺を殺してみせろ」 「……どうして、だよ…何で、殺すとか、殺されるとかしか、選択肢がないんだよ…。なぁ、俺が…俺が守りたかったのは、この空と…お前だったんだ…お前に、生きて行って欲しいんだよ!」 必死にそう言葉を紡ぐルークの腕から伝う紅を見つめたまま、ぽつりと言葉が落ちた。 「…お前が、消え逝く、この世界で…?お前は、俺に、生きろって言うのか……?」 静かな声に、蒼穹の瞳に、怒りが滲む。 「ルーク、お前のいない世界なんか、俺にとっては生きる意味なんかない世界なんだ。…光を喪った世界で、生きる事なんか…もう耐えられない……」 「……ガイ」 声に宿る、深い絶望。それに気付かされて…ルークは何も言う事が出来なくなった。彼は、どの道死ぬつもりなのだろう。…彼に生きる事を放棄させてしまったのが、自分だと言うのなら…そして、殺されてやる事も出来ないのなら…。心に呟き、涙を堪え、唇を噛んだ。 「……戦うしか、ないのか…?ガイ…。本当に、コレしか…ないのかよ…」 「…そうだ」 ルークの頬を、堪えきれなかった涙が伝う。それを見つめながら、ガイは優しく…哀しげに微笑んだ。 「もう、それしかない」 「ガイ!」 「まだ迷うのか?なら…その迷い、断ち切ってやるよ…っ!」 力の緩んだ手から宝刀の自由を取り戻し、本気の殺気と共に襲いかかってくる。それに無意識に応えるように剣を抜き放ち、ルークはそれを受け止めた。 「そう…それでいい…」 「っっ、馬鹿野郎!」 再び放たれた蹴りを避け、ガイは間合いを取りなおすと、ふ…と笑う。 「足癖が悪いですよ、ルーク様?」 「っるせぇ!なめんなっ!」 走って距離を詰め、鳩尾めがけて手の平を向け、気を放とうとするが、それもまたかわされてしまう。 「どうした、ルーク?その剣は飾り物かい?」 薙ぎ払う刀を何とか受け、ルークは小さくうめきを漏らす。右手の負傷のせいで、上手く受け流せない。 「…く、そ…ガイ……」 「本気で抵抗する気がないなら、大人しくしてろ…。一瞬で、痛くないように殺してやる。」 「うるさいうるさい!!俺は、そんな事望みゃしねぇ!」 何とか刃を流し、下段から斬り上げる。未だ震える切っ先は、容易くガイが手にする鞘に止められる。そのまま力を込めて押し切ろうとした瞬間、横合いから襲ってきた蒼に慌てて後方へと退く。 「…俺の望みは、お前が生きる事だったのに…!」 「そうだな…俺もお前に、生きて欲しかったよ、ルーク…」 涙を止められぬ子供を、哀しい笑みを浮かべて見つめた後、彼は自らの手にある蒼い宝剣へと視線を落とす。それは、誓いを込めた、大切な……。 「…お前を守り、共に、生きたかった…」 「……っ」 息を飲み、何とも言えない表情になった愛し子へと、ガイは冷たくも優しい微笑みを見せた。 「さぁ…共に逝ってくださいますか、ご主人様?」 「…ガイっ…!」 未だ迷うルークへと一瞬で近づき、刃を振り下ろす。反射的にそれを受け止めながらも、愛し子の翡翠の瞳からは、止めどなく涙が零れていた。瞬間、泣くなと言って頭を撫で、抱き締めて涙を拭ってやりたい衝動を、ガイは心の奥底で抑える。 …この手で傷付け続けて、泣くななどと…どの口が言えるというのか。そんな事をした所で、この優しい子供を余計傷付け迷わせるだけだというのに。 「…泣いていたら、俺を止められないぞ…」 そう呟くように言ったガイの表情は、冷たい微笑みのまま…けれど、違う。狂気と正気の狭間で揺れながら、けれど彼は…もう正気で…死のうとしている。 「ガイ、お前……」 口を開きかけたその時、遠く駆けて来る足音がして、不意に突き飛ばされた。よろけて倒れたルークの目の前で、飛来した矢と発動した譜術を避け、ガイはこちらに向かってくる者たちへと視線を向けた。 「…邪魔が入ったか。ここまでだな…」 「ガイ!」 引き止めようとするように名を呼んだ愛し子へ、彼はふ…と哀しい微笑みを見せた。 「ルーク、エルドラントで待っているよ。他の奴に、殺されるな。…お前の命は、俺のモノなんだからな…」 そう言い残し、黒い風のように去って行ったガイを見送り、ルークは目を伏せた。 「ルーク!大丈夫?!」 右腕の怪我を見て、慌てたようにティアとナタリアが駆けてくる。彼女たちの後方を見れば、ジェイドとアニスもやって来る所だった。遠くでは、兵士たちが…恐らくガイを追う為か、先程よりも慌しく動いている。 「…大丈夫。腕の怪我だけだから、大した事はないよ。…あいつは多分…本気じゃ、なかったから…」 もしも、ガイが本気で殺す為にここへ来ていたなら、迷っている間に、自分は殺されていただろう。けれど…そうはならなかった。 「……みんな、頼みがある。もし、次にガイが俺の前に現れたら…その時は、俺に任せてくれないか?…俺が、あいつを…止める」 「ルーク?!」 どうして、と声を上げたナタリアに、ルークは哀しい笑みを見せる。 「……あいつは、俺が、止めてやらなきゃ。…それを、多分…あいつも望んでる」 「…それが、あなたの出した結論なのね…」 右腕に癒しを与えながら、静かな声でティアは哀しげにそう確認する。それに頷き、彼は皆を見つめる。 「アッシュともガイとも、一人で戦おうというつもりですか?」 冷たく見える紅い瞳が、言外に、その身体で無理をするなと言っている気がして、彼は苦笑を浮かべる。たしかに、あの二人と戦い、更に他の六神将とも戦えば…乖離していく身体が、ローレライの解放までもたないかも知れない。それでも…こればかりは、退けない。 「ああ、そのつもりだ」 ジェイドが溜息をつき、目を伏せた横で、アニスが声を上げた。 「んじゃあ、他の戦いの時は、ルークはお休みって事で!」 「はぁ?アニスだけに前衛任せらんないだろ?!」 「あー、ルークってば、アニスちゃんをバカにしてなーい?あのガンコな奴らと一対一でやり合おうってんでしょ?それで、ルークが他の戦いで疲れてて、アッシュはともかく、もしもあのガイに負けちゃったら、そこで終わりなんだよー?」 「う、いや、それは……」 「…大事な戦いなんでしょ?アニスちゃんたちに、まっかせなさーい!」 思いのほか優しく微笑むアニスから、他の仲間たちに目を向ければ、同じ想いなのか、強く頷いた。 「…そうね、それがあなたの答えなら、私たちも手助けするわ」 「もう、それしかないのなら…。ルーク、他の戦いは私達が何とか致します。あなたは、極力休んでらして」 「まぁ、ルークがいなくても、何とかなりますしねぇ」 最後にさらりと言われた言葉に、ルークはがくりと肩を落とす。 「…そう言われると、微妙に礼が言いにくいというか、何つーか。…とにかく、みんな、ありがとうな」 その後、傷を回復譜術で治し、しっかり身体と心を休める為に宿に向かい、今はもう、それぞれ割り当てられた部屋で、皆休んでいる頃だろう。ルークもまた、休もうとベッドに寝転がり、何とか眠ろうとしたが、目が冴えてなかなか眠れなかった。ミュウはティアに預けた為、この部屋にはいない。…多分、明日も預ける事になるだろう。 不意に、ガイの刃を受けた右腕が、回復してもらったというのに、動かなくなり…ついで、全身が虚脱状態に陥る。意識が混濁し、眠りではなく遠くなる…まるで、そのまま大気に溶けていきそうに。ふわりと、自分が僅かに発光し、右腕が消えかけ、透けているのを見て…泣きたくなった。 まだ消えるな、消えたくない…!そう心の中で叫ぶと、何とか少しずつ感覚が戻り、消えかけた腕が元に戻ってきた。 「……あと少し…明日まで、いや…ローレライの解放を終えるまででいいから…」 呟いて身を起こし、彼はそっと窓を開け、夜空を見上げる。遠い空には、淡い金に輝く満月と…栄光の大地。 「…明日…」 身体が震える。明日、殺し合い…そして、消える。その震えが、消える事に対してなのか、殺す事に対してなのかはわからない。けれど…震えながらも、もう心は決まっていた。 自分が、生きて帰るという未来は、浮かばない。多分、生き残る事を、この身体も心も…世界も、許しはしないだろう。掴もうとしている未来は、自分のものではない。それでも行くのは、世界の為なんていう、キレイなもんじゃない。 …ガイが待っているから。そして…消え逝くこの命を、何も残さず消えるならば……何かを、この世界に遺したかったから。何も遺しはしない身体を…消えかけていた右手に視線を向けた後、もう一度、空を見上げた。 「 」 夜空に浮かぶ島を見つめ、無意識に呟いた声は、どこにも届かない。近づく自らの終末…その最期に迎えた夜、見上げた空は…滅んだハズの島の影を浮かべ、それでもただひたすらに、キレイだった。 終わる命 消え逝く身体 向かう道に 未来はなくとも 求めるのは世界の光 愛しい者を 手にかけるとも 遺すのは 自分のものではない未来 そうして 最期の夜が 明ける… |
六神将なガイルクそのよんです。今回は少々短めになったような気がしつつ、何とかお届けなのです。六ガイは暗くて正気と狂気の間で揺らいでるので、書く時に今はどっちなんだろう、とか、書いてる本人が混乱する…狂ってるだけなら、楽なのに。(おい) BGMを暗くしないと、こんなん正気で書けんわ!という訳で、ずっと暗い曲聴いてて、自分が落ち込みました。つか、正直、ルークが乙女ちっくな気がしてあわあわします。女々しい!もっとカッコよくかわいいルークは書けんのか…。 次で最後か、六まで行くか。書き始めて見なけりゃわかりませんが、とにかく、あとちょっとで終わり。飛ばしまくりで栄光の大地ですが、ようやく、一番書きたかった所にいけるので、頑張ります。 |