愛しい人よ せめて 俺を斬るその時には
瞳開けて 滅び逝く瞬間まで 看取ってくれ

どうか その手で 
最期の時を……


― 六章・花冠 ―




 ガイに導かれ、やがてエルドラント内部から、廃墟……いや、街の跡、だろうか?エルドラント…ホドのレプリカなのだから、恐らくホドの街…なのだろう。道は広く、元はさぞ美しい街並みだったのだろう、と思わせるそこは、自分たち以外には何の気配もなく、無人の街を風だけが吹き抜け、ひどく物悲しい。

 「ガイ、ここは……」
 「ホドの街だった場所だ。まぁ、正確にはそのレプリカだが。そして……」

 足を止め、振り返ったガイが、す…と目の前の廃墟となった、元は立派だったろう屋敷を示す。

 「ここが、ガルディオスの……俺の屋敷だった場所」
 「っっ!!」
 「レプリカでも、廃墟でも、一度見せておきたかったんだ。……ルーク、お前にな」
 「……ガ、イ」

 その声と気配の変化に、無意識にか、ルークは僅かに後退り、身構える。

 「お前と俺……仇と復讐者が殺し合うのに、これ以上の舞台はないと思わないか?なぁ、ルーク?」

 にこりとガイは優しく甘く……冷たい笑みを浮かべて、警戒の色を顕わにする子供を見つめると、その手に宝刀を抜き放つ。

 「剣を抜けよ。まぁ、大人しくしていてくれるなら、痛みを感じる間もなく、殺してやるけどな?」

 衝撃を受けたように動けないルークに、彼は一歩近づき、まるでダンスにでも誘うように優雅な礼をする。

 「さぁ、ルーク様。この私と、殺し合っていただけますか?」
 「っ、ガイ……」

 よろめきながらも近づかれた分後退し、ルークは目の前の男を見、屋敷を見て、嫌だというように弱々しく首を振る。

 「覚悟を、決めたんだろう?」

 静かにそう問われ、唇を噛み締め、目を伏せた。

 「……そうだ、俺は……お前を止めるために、あえて残ったんだ」

 ガイは、ただ愛し子が剣を抜くのを、その覚悟が決まるのを静かに待っているようだった。

 「…もう、お前が狂ってるかどうかじゃなく…俺が、止めなければ、お前は止まれないんだって、わかってるから」

 そう言って、ルークは目を開け、顔を上げると、真っ直ぐにガイを見つめる。

 「だから、俺は全力で……お前を、止める。俺がしてやれんの、もうそれくらいしかないからな」

 震える手を静めようと、一度手を握り締め、迷いを振り払うように、彼もまた剣を抜く。それを見て、ガイは満足げに微笑う。

 「それでいい」
 「結局、俺もお前も、大馬鹿野郎って事か」

 守るために命を投げ出し、解放するために殺そうとする、愚かで哀しい似た者同士。哀しく笑い、二人はゆっくりと、抜いた剣を構えた。
 真っ直ぐにぶつかる視線、二人だけの空間。静寂の中、風だけが彼らの傍を通り過ぎ、その白と黒の衣を揺らしていく。

 「来い、ルーク」
 「……ああ、終わらせよう、ガイ」

 次の瞬間、静寂を切り裂くように駆け出したルークが一気に距離を詰め突き出した剣を、身をひるがえしつつ鞘で受け流し、逆に空いたガードにガイの手にする宝刀が突き込まれる。その切っ先をかわすため、ルークは慌てて後方へと隙を作らない程度に跳躍する。
 ……やりにくい。心の中で、思わずルークは呟いた。アルバート流とシグムント流は、お互いの隙や弱点を補い合うように出来ている。つまり、お互いの隙や弱点はわかりやすい。しかも、それがなくとも、ガイはルークの事を、多分一番理解出来る者であり、その動きのクセを読むのに長けている。
 そんな彼が敵になれば、やりにくいどころじゃない。ただでさえ、自分より速さが上回る相手だ、どうにかしなければ、殺られるのはこちらの方だろう。実際、何度かの対面では、自分に戦う気があまりなかったとはいえ、劣勢だった。

 「どうした、考え事をしている余裕があるのか?」

 ヒュ、と大気を斬る音と共に襲い来る刃をとっさに剣で受け止め、同時にガイの鳩尾を狙って蹴りを放つ。それを難なくかわしながら、目の前の男はくすくすと笑う。

 「相変わらず、足癖が悪い」
 「うるせぇ!そっちこそ、ちょこちょこ逃げんな!!」

 手に気を込めぶつけようとするが、ガイはそれもまたぎりぎりで避けつつ、鞘でそれを受け止め、蒼い刃を振り下ろす。

 「剣は防御にしか使わないんですか、ルーク様?」
 「っく……」

 何とか受けた宝刀の切っ先が、頬を掠めた。鍔迫り合い、合わせた刃が心の痛みを示すように、ギシリと音を立てる。

 「殺されたいのか?」
 「ここで、死ぬ訳には、いかない」
 「なら……ちゃんと戦え、ルーク」

 ふ、と剣を抑える力が弱まり、たたらを踏みかけたルークの腹に、ガイが手にした鞘が強かにぶつけられた。

 「……っっ」
 「俺を」

 殺してくれ、ルーク。そうガイの唇が動いた。と思った瞬間、息を詰まらせよろめいたルークの身体、その右肩を素早く突き出された蒼い刀身が貫いた。

 「っぐ、ぁ……ガ、イ」
 「全力で、俺を止めるんだろう?」

 ずるり、と宝刀の切っ先が抜かれる。決して浅くはないが、致命傷でもないそれは、いつでも本気を出せばお前を殺せる、という事であり……本気で殺せ、という意思表示。

 「……お前は、馬鹿だよ…ガイ…」

 その言葉に、彼はただ静かに笑う。ルークは集中して気を高め、同時に僅かに傷を癒すと、剣を構え直す。それに合わせ、ガイもまた構えをとる。

 「本気になったかい?」
 「殺られてやる訳に、いかないからなっっ」

 叫ぶように言いながら駆け出し、再び刃を合わせる。その衝撃が、貫かれた右肩に響いて痛みで僅かに息が止まるが、そのまま力をうまく流して宝刀の切っ先をそらし、肺の辺りを狙ってぶつけられる鞘を右腕で防ぐ。

 「それ、うぜぇんだよ!!」

 吠えて、ぎゅ、と目を閉じ唇を噛み締めながら剣を横薙ぎにして、ガイの鞘を持つその左腕を深く切り裂き、鞘を弾き飛ばした。しかし散った紅に、与えた傷以上に自分が動揺し、ルークは追撃出来ずに後方へ退く。

 「……どうした、ルーク。この程度でびびってんなよ。それに、狙うのは、ここだろう?」

 ガイは微笑みながら、斬られ紅く染まった左腕を上げ、その指で自らの心臓の辺りを指し示す。

 「私の心臓は、貴方だけの物です、我がご主人様」
 「ガイ……」
 「貴方の鼓動が止まる時、共に逝けるように」

 苦しげに目を伏せ、顔を背けかけた愛しい主人に、それを許さぬよう言葉を紡ぐ。

 「でないと、私が貴方の心臓を、奪い取ってしまいますよ?」

 彼のその言葉に、ルークは顔を上げると、哀しげに微笑んだ。

 「馬鹿だな……ガイ。そんな事、しなくても……俺の心臓は、とっくの昔に、お前のなのに。こっから取り出さねーと、お前にはわかんないのかよ」
 「……ルーク?」
 「俺の色んな事、わかるのに……肝心なトコ、わかんないんだからな」

 虚をつかれたような表情のガイに、一度目を伏せ、そっと溜息をつくと、ルークは哀しい笑みを浮かべたまま、剣を構える。

 「俺が、生きても、死んでも……俺の全部は、お前のモンなのに。わざわざ敵対してまで、一緒に逝こうとするなんてさ……」
 「……じゃなきゃ、お前は俺を、置いて逝っちまうだろう?」
 「今なら……お前は、生きてけるんだぞ?生きてけば、大事な人だって、見つかるかも知んないじゃんか。それでも……」
 「ああ、それでも俺は、お前以外の光を探すつもりはない。お前を喪って生きる世界に、俺の光はないんだ、ルーク」

 そうか、と頷いて、痛みのせいではなく震える両手で剣を掲げ、その切っ先をガイに向けた。そう、もう戻れない。選んでしまった道は変えられないのだから。

 「……最期に、手間のかかる自称使用人だな」
 「その分、溢れんばかりの想いを注いできましたよ、ご主人様」

 ガイもまた、その蒼い刃の切っ先を、愛し子へと向ける。
 ……一瞬の静寂。
 呼吸を合わせるように、同時に二人は駆け出す。宝刀が放つ連撃を受け流し、振り下ろした剣を蒼い刃に止められる。まるで剣舞でもしているかのように、残された時を惜しみながら二人は舞うようによどみなく一合二合と刃を合わせる。

 「……ルーク」

 小さく、名を呼ばれ……その微笑みに彼が望んでいる事を理解し、ルークは唇を噛み涙を堪えながら、両腕を広げたガイの胸に剣を向け、飛び込んだ。

 「ありがとう……ルーク」

 気付けば、二人地面に倒れこみ、ルークはガイに抱き締められていた。

 「……ガイ?」
 「コレ、抜いてくれるか……ちゃんと、抱き締められない……」

 ハッとして身を起こせば、ガイの胸を貫いた剣が、そのままになっていた。

 「っっ、ガイ!」
 「……くっ……」

 愕然とするルークをよそに、自らの胸に刺さった剣を抜き、彼は震える子供を強く抱き締める。二人の服と、白い地面に拡がっていく紅を見て、思わず目を閉じるルークに、ガイは優しく残酷な事を頼む。

 「ルーク……目を閉じるな。俺を……最期まで、看取って、欲しいんだ」

 瞳をそらさずに、滅び逝く瞬間まで。懇願に、ルークは何も言えず、ただ彼を見つめ翡翠の瞳から涙を流しながら、こくんと頷いた。

 「……こんな、最期なら……悪くはないな……」

 愛しい、守りたかった子供ただ一人に見送られ、そうしてやがてくる彼を待っていられる。もう、置いて逝かれる事もない。大切な彼の手を煩わせ、傷付けた事は、悔いが残るけれど。それは謝っても赦されない罪だから、抱いて逝こう。

 「……!ルーク?!」

 不意に、目の前でルークの右腕が薄れ、右肩に負ったダメージのせいか、少しずつ光に変わるように消えかけていた。

 「俺も……もうすぐ、限界なんだ。先に、待っててくれよ……多分あんま、待たせないで逝くから」
 「……ああ、先に逝く。ルーク……代わりに、これを……」

 手にしたままだった蒼い宝刀を両手で何とか掲げ、主に託す。

 「でも、これはお前の……」
 「ホドの……剣士の魂は、剣に、宿るんだ……せめて、一緒に、連れてってくれ」

 受け取り、強く頷いたルークに、ガイは微笑むと街の一角の壁を示した。

 「……そこの壁に、隠された、通路がある……敵はいないはずだから、時間を短縮、出来るだろう」
 「わかった」

 呼吸を確かめるように息をつき、ガイは苦笑を浮かべた。

 「そろそろ……時間か」

 意味を理解し、息を飲んだ愛し子に、彼は優しく微笑み、上手く動かなくなってきた手でそっと頭を撫でる。

 「……少しだけ、お別れだ……だけど、ずっと、傍にいる。迎えに、いくよ。その時が来たら……」
 「うん」
 「その後は……一緒に逝こう……どこへでも」

 涙で声が詰まり、泣きながら頷くルークを、前のような穏やかな空色の瞳に焼き付け……ガイはそっと目を閉じた。涙を流し、必死でしがみつく様は、まるで昔のようで、どこか懐かしい気分に微笑みを浮かべた。

 「傷付け、ちまったし……守れ、なかったが……それでも、俺は、お前に会えて…嬉しかった…。ルーク……」

 ずっと、愛してる。

 「……ガ、イ?」

 静まり返った空間に、声は返らず、ただ風の音だけが響く。もう開く事のない瞳から、ひとすじ、涙が伝い落ちた。

 「…ガイ…」

 愛しい名前を呟いて、一度目を伏せ、ルークは自分と彼の涙を拭う。

 「もうすぐ、俺も逝くから」

 微笑みを浮かべたままのその唇に、そっと自分の唇を重ねると、無事な右手に宝刀ガルディオスを携え立ち上がると、乖離しかけた身体を引き摺るように、示された道へと歩き出す。目指すは、皆が先に向かっただろう場所。最期に役割を果たし、皆を未来へと送り出すために……先に逝った彼の元へ、逝くために。
 一度だけ振り返り、複製の彼の屋敷と、その前で眠りについたガイをその瞳に焼きつけ、ルークは隠し通路を開いて、そこへと姿を消した。

 後にはただ、蒼穹と白い複製された街、そして眠る青年の亡骸だけが残されていた。



置いていかれないように 先へ逝こう
消え逝くお前を 自分を 独りにしないために

さぁ 
終幕へと 共に……


 という訳で、六神将ガイルクそのろくです。戦闘シーンが主体なので、随分時間かかりました。スランプではやっぱり書けませんね。抜け出しても、イマイチ書けてない気がしますが。好きなんだけど、戦闘はやっぱり難しいですね。あ、隠し通路なんてあるのか、というツッコミはなしで。
 しかし、最初の予定とはだいぶ変わって、ガイがいかれた鬼畜なのが最初だけで、後は意外とマトモに終わりまで来てしまいました。うーん、もうちょいアレな方がよかったんだろうか?まぁ、狂気部分が強くなりすぎると、まとめるのが難しかったんで、書きたくなったら、番外的に。
 うちの六神将ガイルクのイメージは、今回の題名にもした天野月子さんの花冠って曲だったりします。(いらん情報だな)多分、次かその次辺りで、終わりになると思います。もしもずっと読んでくださる方がいましたら、最後までお付き合いくださったら嬉しいです。



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